邪馬台国は福岡平野にあった!

邪馬台国は福岡平野にあった!」は

日本の古代に関心のある方、必読の書です。

著者略歴

 修猶館高校、九州大学工学部を経て昭和40年伊藤忠商事(株)入社。会社勤務時代の後半頃から古代史に大きな関心を持ち、探求の道へ。「東京古田会」で会報の編集を担当するも、古田武彦氏と異なる見解の一端を披瀝し、猛省せよとの叱咤を受け退会。

「九州古代史の会」で日本書紀の講読を主宰し、顧問として現在に至る。

 主な発表論考に、九州古代史の会で発表した、イザナギ・イザナミの黄泉の国神話は実在した人々による実際に起こった事件が神話化されたものであるとする「記録に残る我国の歴史は博多湾から始まった」及び、現存古事記の序文は偽りで、後代に加筆されたものである一方、原古事記の成立は序文記載よりも古く舒明天皇時代であることを見出した「現存『古事記』の成立は和銅五年よりは新しい」がある。

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著書「邪馬台国は福岡平野にあった」の紹介

「邪馬台国の所在地を求めて通説に挑戦」

邪馬台国は福岡平野に!

古代史書と地形や伝承などから明らかになった意外な「邪馬台国」の所在


「邪馬台国」の所在地に関する疑問は、邪馬台国論争となって現在も未解決ですがその邪馬台国の疑問を筆者の捉われない眼が解き明かします。

「邪馬台国は福岡平野にあった!」

講演会に多数のご参加ありがとうございました。

 邪馬台国が福岡平野にあったことは、まず間違いないと思っておりますが、

一般の受け止め方は半信半疑であるというのが偽らざるところなのでしょう。

邪馬台国の中心地である女王卑弥呼の居所は春日市にある「奴国の丘歴史公園」が

最有力ですが、春日市在住の方々もその可能性に着目されるようになり、歴史を見直す

契機に、と考える方々のご努力により、2月21日(火)に春日市クローバーホールにて

講演会が開催されました。ご出席の皆さま、ならびに後援の労を取っていただきました

春日市及び春日市教育委員会の皆さまに、心より感謝申し上げます。 → 講演会


「邪馬台国は福岡平野にあった」は、著者の綿密な歴史書の調査から、邪馬台国が福岡にあったことを解き明かした必読の書です。

邪馬台国はどこにあったのか、いわゆる邪馬台国論争は歴史に興味がある人ならば誰でも知っていますが、邪馬台国論争の実際の内容は殆ど知られていません。

現在の邪馬台国論は、歴史的・地理的に最有力の候補地を外して、迷走している のが実態と言ってよいでしょう。

<お知らせ>

書店でお求めになれない場合は、著者手持ち在庫をお分けします!

ご好評につき、書店では売切れとなりました。
「邪馬台国」について、広く皆さまに知っていただきたいと思いますので、著者の手持ち分を当初の価格でお分けしております。

価格: 3000円=2700 (消費税込み) +送料

ご希望の方は、住所・氏名を記入の上、下記までメールでお申し込みください。

kodaishi@q06.itscom.net

お支払いは、到着後振込みです。(振込口座名は著書に同封)

尚、サインをご希望の方はその旨もお書きください。

「邪馬台国は福岡平野にあった」の詳細は、インデックスをクリックしてご覧ください。

下記についての概要をご覧いただけます。

「邪馬台国は福岡平野にあった !」

 <その1> 倭人伝を自然体で読み解けば・・・・・

邪馬台国は日本の史書には記載がありませんが、中国の史書である三国志(魏志倭人伝)に書かれていることから、その実在については疑われてはいません。にも関わらず、学会では倭人伝そのものは間違いが多い書と位置づけられており、ある公的な資料館の解説書には「邪馬台国の位置は不明です。南という方位の記載誤り?水行十日陸行一月という日数誤り?等の書き間違い(写し間違い)の可能性があります。」と説明されています。また、某大家の著書では「方向や日程、距離などはあまり信じない方がいい」との記述がみられます。

倭人伝は間違いが多い書というのが学会の常識となっている感がありますが、何故間違いなのかを明確に説明された論文などは見当たりません。証明されないままに「間違いが多い書」という評価が一人歩きしていると言っても過言ではないでしょう。

学会の常識に反して、倭人伝は次の三つの理由によって中国の史書の中でも信頼できる史書の範疇に入ると思われます。(以下は本文をご覧ください。)

「邪馬台国は福岡平野にあった!」

<その2> 邪馬台国を考える上でのポイント

倭人伝には女王国に至るまでの方向や里程が、概略とは言え、明確に書かれています。ただ、その書き方は簡潔であるため、誤解や誤読を招く可能性があります。それを避けて倭人伝の記載に従って邪馬台国にたどり着くためには地形や、当時の痕跡が残る遺跡などの状況を踏まえて読み解く事が求められます。その主なポイントを通説に惑わされない21の鍵として整理しました。その考え方の概略を述べておきます。

「邪馬台国は福岡平野にあった!」

<その3> 魏志倭人伝読み下し文

「邪馬台国は福岡平野にあった 」の根拠になった文献です。

読み下し文として掲載しましたので、ご覧ください。→ コチラ